「水」の視点で、自然と地域、人間の関わりを見つめ直す
高木 正博 名誉教授
大学で水質分析を学び、「川の汚れは人間の問題」と気付く
研究を始めたきっかけは50年前の学生時代にさかのぼります。もともと大学は工学部の応用化学に進み、水質分析を学んでいました。当時は高度成長の真っ最中で、工場排水や生活排水などが原因で多摩川の水は汚水のように濁っていました。それを目の当たりにして、具体的な水質データをもとに環境汚染の原因を探ることはできるけれど、汚しているのは人間のはずで、私たちの生活の何が川を汚しているのか、あるいは汚れた川を元に戻すにはどうしたらいいか、人文科学の観点から学び直したいと駒澤大学の大学院に進んで地理学を学びました。
キーワードは水循環と水収支 水の動きを地域の中で考える
研究のキーワードは水循環と水収支です。水は巡っているということはだれもが常識として知っていますが、人々が暮らしている地域に当てはめ、どう循環しているのかを解き明かさなければなりません。その際、地域に入ってくる水がどこから来て、どう流れ、実際に使われて出ていくのか、水の収支のバランスがとれているかどうかを把握することが重要です。これがアンバランスになるとどこかに問題が出てきてしまう。
例えば、今の東京は次々と自然が失われて多摩川の水は枯渇が進んでいます。それなのに中流から下流域にかけて、河川の水はとうとうと流れています。この水がどこから来たかというと、実は中流域の6割ぐらいは下水処理水。この水が東京湾に流れ込んでいるのです。お台場の水が汚くて海水浴もできないというのは、流域外からの取水により、水収支のアンバランスが生んだ水質問題といえるでしょう。このように身の回りの水の動きを具体的な地域の中で見ていくと、さまざまな問題点が浮かび上がってくるし、また、そこを分析することで解決策も見えてくるのです。
自分なりの視点で新しい地理学を築け
教員時代は、学生を連れて全国各地の水辺を回りました。"水の町"として知られ、街中に水路が張り巡らされている岐阜県の郡上八幡は、地域の人が水を大切に思い、毎朝、水路をきれいに掃除しています。せぎ板1枚で、水路をせき止め、洗濯や野菜を冷やしたりと、さまざまな工夫を凝らし、水を活用していました。赤土流出が大きな問題となっていた石垣島を訪れたこともあります。いずれも、学生がさまざまな観点から地域を探り、実証的に研究できる地域を選びました。
フィールドワークで大切なのは、いろいろな角度から地域の特徴を調べ、それぞれの視点を通して地域を浮かび上がらせること。経済活動から見ることもいいし、マーケティングの視点でもいい。都市の成長という視点もあるでしょう。その中で、私は水を中心に見てきたわけですね。
2022年には、高校の科目として「地理総合」が必修になる予定です。これからの若い人たちには、身近な問題の解決の糸口としてぜひとも自らの視点で新しい地理学を築いていってほしいと思います。
- 高木 正博 名誉教授
- 1947年1月生まれ。69年神奈川大学工学部応用化学科卒業。72年駒澤大学人文科学研究科修了後、同大学助手。93年~94年仏ルイ?パスツール大学留学。88年教授。文学部長、応用地理研究所長等を歴任。17年定年退職。水環境、水利用、水害等の研究で業績を残す。
※ 本インタビューは『Link Vol.8』(2018年5月発行)に掲載しています。掲載内容は発行当時のものです。